介護が始まる前にやる住まいの備え|元気なうちにできること

バリアフリーリフォームの基礎知識

親はまだ自分で歩けて、身の回りのこともできている。それでも実家に帰るたびに、段差の多い廊下や暗い階段が気になって、いまのうちに何かしておいたほうがいいのだろうかと考える方は多いものです。

ここで見落とされやすいのが、介護が始まる前の家には介護保険が使えないという点です。介護保険の住宅改修は要介護認定や要支援認定を受けた方が対象なので、元気なうちに行う工事は全額が自己負担になります。良かれと思って先回りするほど、あとで制度を使えば安く済んだはずの費用を先に払ってしまいかねません。

そこで、介護前だからこそやる価値がある備えと、認定を受けてから回したほうがよい工事を分けてまとめました。住まい以外にやっておきたい準備もあわせて挙げるので、親が元気なうちに何から動くかを決める手がかりとして役立ててください。

介護前の住まいの備えが後回しになる理由

親が元気なうちは、家を直す話そのものが持ち出しにくく、話題に出ても先送りになりがちです。ここでは、介護前の備えが進まない事情と、その裏にある制度の仕組みを見ていきます。

介護は転倒や入院をきっかけに突然始まる

介護は少しずつ始まると思われがちですが、実際には転倒による骨折や、脳血管疾患での入院をきっかけに、ある日を境に始まることが少なくありません。昨日まで自分で風呂に入っていた親が、退院してきたら浴槽をまたげなくなっている、という変化が数週間で起こります。

急に始まると、家を直す時間がありません。退院日は病院の都合で決まり、工事の見積もりや職人の手配は数週間かかるため、間に合わないまま自宅へ戻ることになります。備えの本当の値打ちは、この「時間がない場面」で効いてきます。親が元気で話も落ち着いてできる今のうちに、家のどこが弱いかだけでも見ておきましょう。

介護保険の住宅改修は認定を受けた方が対象になる

介護前の備えを考えるうえで、まず押さえておきたいのが給付の対象者です。厚生労働省の住宅改修の概要では、「要介護者等が、自宅に手すりを取付ける等の住宅改修を行おうとするとき」に、必要な書類を添えて申請し、工事完成後に領収書等を提出することで住宅改修費が償還払いで支給される、と示されています。

つまり、給付を受けられるのは要介護認定または要支援認定を受けた方です。支給限度基準額は20万円で、要支援と要介護の区分にかかわらず定額とされ、その9割にあたる18万円が上限になります。認定を受けていない段階では、この20万円の枠はまだ手元にありません。まずは親が認定を受けているかどうかを確かめてから、工事の話を進めてください。

元気なうちの工事は全額が自己負担になる

認定を受けていない方の工事は、介護保険の対象外なので費用の全額を自分で払うことになります。介護が始まる前の住まいの備えは、制度の助けがない全額自費の工事だと考えて予算を組んでください。同じ手すりを1本付けるにしても、認定後なら1割から3割の負担で済むところが、介護前は10割です。

だからといって何もしなくてよいわけではなく、自費でもやる値打ちがあるものと、待ったほうが得なものに分かれます。この線引きを知らないまま業者に相談すると、認定後に安くできたはずの工事まで先に契約してしまいます。自費と保険給付の差を頭に入れたうえで、次の章から挙げる順に手をつけていくとよいでしょう。

元気なうちにやる価値がある備え

自費でも先にやっておくと得をするのは、あとから足すと高くつく工事と、制度の対象になりにくい工事です。ここでは、介護前だからこそ手をつけたい4つの備えを説明します。

手すりを付けられる壁の下地を先に入れる

介護前の備えでいちばん費用対効果が高いのが、手すり本体でなく壁の下地です。手すりは体重を預ける道具なので、石膏ボードだけの壁には固定できず、柱や補強板のある場所にしか付きません。下地がない壁に後から付けようとすると、壁を剥がして補強を入れる工事が必要になり、手すり1本で数万円が上乗せされます。

国土交通省の「高齢者が居住する住宅の設計に係る指針」(最終改正 令和4年3月31日)でも、玄関や脱衣所の手すりについて「設置できるようになっていること」という要件が示されており、いま付いていなくても後から付けられる状態を求めています。下地を入れておく工事は、手すりそのものを買うのでなく、将来どこにでも付けられる自由を買う備えです。壁紙を張り替えるときや部屋を直すときに、玄関と廊下、トイレ、脱衣所の壁へまとめて下地を入れておきましょう。

大規模なリフォームのついでに段差をなくす

床の段差をなくす工事も、単独でやると割高になるので、ほかの工事に合わせるのが賢いやり方です。廊下と居室の間にある数センチの段差は、つまずきの原因になるだけでなく、将来車椅子や歩行器を使うときにも通せんぼになります。床を張り替える機会があるなら、そのときに高さをそろえておくと追加費用がほとんどかかりません。

国交省の指針は、日常生活空間内の床について「段差のない構造(5ミリ以下の段差が生じるものを含む)であること」を基本レベルとしています。5ミリという数字が示すとおり、完全な平らでなくても、つま先が引っかからない程度まで削れば足ります。台所や洗面所の水回りを直す予定があるなら、そのタイミングで段差の解消も見積もりに入れてもらってください。

廊下と階段の照明を明るくする

照明を明るくする工事は、費用が安いわりに転倒を防ぐ効きが大きい備えです。加齢とともに目は暗さに慣れにくくなり、若い方が十分だと感じる明るさでも、高齢の親には足元が見えていないことがあります。夜中にトイレへ立つときの廊下や、踏み面の境目が分かりにくい階段は、とくに危ない場所です。

指針でも、住戸内の照明設備は「安全上必要な箇所に設置されているとともに、十分な照度を確保できるものであること」とされています。電球を明るいものに替える、階段の上下にスイッチを付ける、寝室からトイレまでの足元灯を置くといった手当ては、数千円から数万円で済みます。工事を伴わない足元灯なら今日からでも置けるので、実家に帰ったときの夜の明るさを一度確かめてみましょう。

床に置いた物を減らして通り道を空ける

お金をかけずにできる備えとして、床の物を減らす作業も欠かせません。新聞や雑誌の山、玄関に並んだ靴、めくれた敷物、電化製品のコードは、どれもつまずきの原因になります。家を直す前に物を減らすだけで、家の中の危ない場所はかなり減ります。

物を減らす作業は、親と一緒にやるのが肝心です。子が勝手に片づけると親は怒りますし、どこに何があるか分からなくなって、かえって暮らしにくくなります。まずは廊下と階段、寝室からトイレまでの通り道に絞り、通れる幅を確保することから始めてみてください。片づけながら親と家の話ができれば、そのあとの工事の相談も進めやすくなります。

認定を受けてから回してよい工事

介護前に慌てて手をつけると損をするのが、介護保険の住宅改修の対象になる工事です。ここでは、認定を待ってから動いたほうがよい3つの工事を挙げます。

手すり本体の取り付けは認定後に回す

下地と違って、手すり本体の取り付けは介護保険の住宅改修の対象なので、認定を受けてからのほうが安く付きます。厚生労働省の資料でも、住宅改修の種類の1つ目に「手すりの取付け」が挙げられています。認定後に工事すれば、支給限度基準額20万円の枠の中で、自己負担は原則1割から3割で済みます。

もう1つの理由が、付ける位置です。手すりは体のどこが弱っているかで最適な高さも向きも変わり、麻痺の有無や利き手によっても違ってきます。認定を受けたあとなら、理学療法士や福祉用具専門相談員が親の体を見たうえで位置を決めてくれるので、使われない手すりを付けずに済みます。下地だけ入れて本体は待つ、という切り分けを覚えておきましょう。

洋式便器への取り替えは体の状態を見てから決める

和式便器から洋式便器への取り替えも、介護保険の住宅改修の種類に「洋式便器等への便器の取替え」として挙がっています。介護前に自費で替えてしまうと、認定後に使えたはずの給付を丸ごと逃します。和式のまま暮らしていて日常に困っていないなら、急いで工事する必要はありません。

体の状態が見えてから決めたほうがよい理由もあります。立ち座りが難しくなった親には、便座の高さを上げる必要が出てきますし、車椅子で入るなら扉や間口の広さまで含めた工事になります。どこまでやるかは体の状態で変わるので、認定を受けてケアマネジャーが入ってから、便所全体をどう直すかを決めてください。

滑り止めの床材は認定後に制度で張り替える

浴室のタイルや廊下の床を滑りにくい材料に替える工事も、「滑りの防止及び移動の円滑化等のための床又は通路面の材料の変更」として住宅改修の種類に入っています。認定後に制度を使えば1割から3割の負担で済む工事を、介護前に全額自費でやってしまうのがいちばんもったいない使い方です。浴室の床がひどく滑るなら、工事の前に滑り止めマットを敷いて当座をしのぐ手もあります。

床材の変更は、引き戸への扉の取替えや段差の解消と組み合わせて申請することもできます。制度の全体像と申請の流れは介護保険の住宅改修にまとめてあるので、認定が下りたら先にそちらを確かめてみましょう。いま自費でやるものと認定後に回すものの分け方は、下の表のとおりです。

工事 いま自費でやる 認定後に回す 理由
壁の下地・補強 住宅改修の給付対象になりにくく、後から入れると割高になる
段差の解消 △(他工事のついで) ○(単独なら) ついでなら安いが、単独工事なら給付の対象
照明を明るくする 給付の対象外で、費用も数千円から数万円と安い
手すりの取り付け 給付の対象で、付ける位置は体の状態を見て決める
洋式便器への取り替え 給付の対象で、必要な高さは体の状態で変わる
滑りにくい床材への変更 給付の対象で、当座は滑り止めマットでしのげる
注意

介護保険の住宅改修は、工事の前に申請するのが原則です。認定を受けたあとで工事を進めるときは、着工前に必ず担当のケアマネジャーか地域包括支援センターへ相談してください。事前の申請なしに工事を終えると、対象の工事でも支給を受けられないことがあります。

介護前の備えを始めるタイミング

介護前の備えは、期限がないぶん動き出す合図がつかみにくく、気づけば何年も過ぎてしまいます。ここでは、備えを始める2つの節目を説明します。

家を直す予定に合わせて下地と段差を片づける

介護前の備えでもっとも動きやすいのが、別の理由で家を直すときです。給湯器の交換、水回りのリフォーム、外壁の塗り替え、壁紙の張り替えなど、家には十数年おきに手を入れる場面が来ます。すでに職人が入り、壁や床を開ける工事なら、下地の追加や段差の解消にかかる追加費用はごくわずかでしょう。

単独で頼めば足場代や人件費が丸ごとかかる工事も、ついでなら材料費と少しの手間賃だけで終わります。見積もりを取るときに「将来手すりを付けられるよう、玄関と廊下とトイレに下地を入れてほしい」と一言足してみてください。始める時期の考え方をもう少し詳しく知りたい方は、バリアフリーリフォームのタイミングもあわせて確認しておくと迷いにくくなります。

親が七十代に入ったら家の中を一緒に歩いてみる

家を直す予定がないなら、親の年齢を合図にするやり方があります。七十代に入ると、筋力や視力の衰えが暮らしに出はじめ、本人も「最近この段差が怖い」と言葉にできる時期です。まだ元気なうちに一緒に家の中を歩いてみると、親自身が気にしている場所が見えてきます。

歩くときは、玄関から居間、居間から便所、寝室から便所という毎日の通り道をたどってみましょう。親が壁や家具に手をつく場所、立ち止まる場所、電気をつける場所を覚えておくと、あとで手すりを付ける位置の見当がつきます。「危ないから直そう」と切り出すと親は身構えるので、「ここに手すりがあったら楽?」と聞く形にすると話が続きやすくなります。

住まい以外にやっておく備え

介護が始まったあとに慌てるのは、工事のことよりも相談先や親の意向が分からない場面です。ここでは、家の工事と並べてやっておきたい3つの備えを挙げます。

地域包括支援センターの場所を調べておく

介護の相談先として最初に覚えておきたいのが、地域包括支援センターです。厚生労働省の地域包括支援センターについてでは、市町村が設置主体となり、保健師や社会福祉士、主任介護支援専門員等を配置して、地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行う施設だと示されています。総合相談支援事業として、地域の高齢者や家族介護者に対し、初期段階から継続的に相談支援を行うことも役割に挙がっています。

地域包括支援センターは介護が始まってからの窓口ではなく、初期段階の相談も受ける場所なので、認定を受ける前から使えます。親が住む市区町村の名前と「地域包括支援センター」で検索すれば、担当のセンターがすぐ分かります。電話番号を控えて冷蔵庫に貼っておくだけでも、いざというときの動きが変わってくるでしょう。

かかりつけ医を決めて親の持病を書き出しておく

要介護認定の申請では、市区町村が主治医に意見書を求めるので、親のかかりつけ医が決まっていないと手続きが止まります。何年も病院にかかっていない親の場合、意見書を書いてくれる医師を一から探すことになり、認定が下りるまでの日数が延びます。年に一度は同じ医院で健診を受け、顔を覚えてもらっておくと安心です。

あわせて、親の持病と飲んでいる薬を紙に書き出しておきましょう。入院したときも、ケアマネジャーが介護の計画を立てるときも、この情報が必ず聞かれます。お薬手帳の写真をスマートフォンに撮っておく、保険証と診察券の置き場所を聞いておくといった小さな準備が、あとで効いてきます。

どこで暮らしたいかを親に聞いておく

住まいの工事をどこまでやるかは、親がどこで暮らしたいかで変わります。最後まで自宅で過ごしたいのか、体が動かなくなったら施設に移ってもよいと思っているのかで、家に何百万円かけるかの答えは正反対になります。本人の意向を聞かないまま子が改修を進めると、工事の直後に施設へ移ることにもなりかねません。

聞くときは、改まった場をつくらず、帰省したときの世間話に混ぜるほうが本音が出ます。「この家、あとどのくらい住むつもり?」くらいの軽さで切り出し、答えが揺れていてもその場で決めさせないでください。何度か話すうちに親の考えが固まってきたら、そのときに工事の範囲を決めればよいでしょう。

介護前の備えでやりがちな失敗

良かれと思った備えが空振りに終わるのは、たいてい同じ型の失敗です。ここでは、介護前の備えで起こりやすい3つのつまずきを挙げます。

手すりを先回りして付けると位置が合わなくなる

いちばん多いのが、親がまだ元気なうちに手すりを付けてしまい、いざ必要になったときに位置が合わない失敗です。手すりの高さと向きは、どちらの脚が弱るか、どちらの手で握るか、どんな姿勢で立ち上がるかによって変わります。元気な時点では、その答えがまだ出ていません。

自費で付けた手すりが使えないと分かっても、付け直しの工事にまた費用がかかります。壁に開けた穴も残り、位置を変えれば下地の追加がもう一度必要になることもあります。介護保険の住宅改修の枠は生涯20万円と決まっているので、使われない手すりに枠を回す余裕はありません。下地だけ先に入れて本体は待つ、という順番を守れば、この失敗はほとんど防げます。

親に相談せず進めた工事は使われない

子が実家に帰るたびに危ないと感じて、親に相談しないまま工事を手配してしまう例もよくあります。親からすれば、自分の家を勝手に変えられたうえ、まだ元気なのに年寄り扱いされたと感じます。手すりに洗濯物がかけられ、滑り止めマットが押し入れにしまわれる、という結末になりがちです。

工事の目的は、設備を付けることでなく、親が使うことにあります。どこが不安かを本人に語ってもらい、本人が「ここは怖い」と言った場所から手をつけると、付けたものが使われます。急いで直したい気持ちがあっても、まず親の言い分を最後まで聞いてから見積もりを取りましょう。

全面改修に踏み切ると費用が膨らむ

将来を心配するあまり、車椅子でも暮らせる家に一度で作り替えようとして、費用が数百万円に膨らむ例もあります。車椅子を使うかどうかも、どの部屋で過ごすようになるかも、この時点では誰にも分かりません。使うかどうか分からない設備に大金をかけると、いざ本当に必要な工事をするときに予算が残っていません。

介護前にやるのは、下地と段差と照明という「後から高くつくもの」に絞るのが現実的です。体の状態が見えてから、そのときに必要な工事を必要なぶんだけ足していけば足ります。全面改修を勧められたら、その場で契約せず、認定後に制度で安くできる工事が含まれていないかを確かめてください。

まとめ

介護保険の住宅改修は要介護認定や要支援認定を受けた方が対象なので、介護が始まる前の工事は全額が自己負担になります。この前提を知らずに先回りすると、認定後なら1割から3割の負担で済んだ工事を10割で払うことになりかねません。

元気なうちにやる値打ちがあるのは、手すりを付けられる壁の下地、他の工事に合わせた段差の解消、廊下と階段の照明、そして床の物を減らすことです。反対に、手すり本体や洋式便器への取り替え、滑りにくい床材への変更は、認定を受けてから制度を使うほうが安く、体の状態に合わせた位置も決められます。住まいのほかにも、地域包括支援センターの場所を調べ、かかりつけ医を決め、親がどこで暮らしたいかを聞いておくと、介護が始まってからの動きが変わってきます。工事の内容や進め方をひととおり見比べたい方は、バリアフリーリフォームとはもあわせて役立ててください。

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